「障害は個性」と言うの、いつまで続くんだい。

みなさんこんにちは、精神障害者の膝野まえ(@hizano_mae)です。

「障害は個性」と口にするの、いつになったら終わるんでしょうか?


そんなの言わなくて良くないですか?


いや別にね、「障害が個性なわけないだろ!」と怒鳴りたいわけではないんすよ。

むしろ私自身も「障害は個性」だと考えているくらいです。

じゃあなんで「障害は個性と言わなくて良い、と思ってるの?」って感じですよね。





そもそも今の社会って、障害については大きく分けて「障害は障害!」 「障害は個性!」と2つの主張があると思うんです。

根底に「障害=障害」と捉えている人が多いから、「障害=個性」だと主張する人も出てくるのではないでしょうか。

もしもみんなが「障害=個性」と捉えていれば、「障害は個性だ!」と主張する人はいなくなるんじゃないでしょうか。



例えば陣内智則さんが「僕は人間です!」と主張してるところを見たことありますか?

……ひょっとしたらギャグで使うかもしれませんけど。

ギャグで使うかどうかはさておき、陣内智則さんはどうして「僕は人間です!」と言わないんでしょうか。



なぜなら、社会の人々全体が「陣内智則さん=人間」と思ってるからです。



もしも社会の中に「陣内智則さん≠人間」と思っている人がいれば、陣内智則さんも「俺は人間やからな!」と声高に叫ぶかもしれません。




陣内智則さんが「俺は人間やからな!」と言っているところを見たい気もしますが、まあ要するにね、社会全体が「障害=個性」という前提を持っていればですよ。

「障害は障害だ!」「いや、障害は個性だ!」という言い争いがなくなると、私は考えてるわけです。

確かに『障害』と名はついているけど、『障害』を持っていたって立派に生きている人はいるでしょう?

逆に『障害』というレッテルは無いにしろ、どうしようもない人にだって、ときには出会うじゃないですか。





うーん。「障害は個性」と、みんなが自然と思えるような社会になればなぁぁぁ。

さすがにあと数年でこのような社会が出来上がりはしないでしょうけど。

それに「障害は障害」と考えてる人だって、過去に障害者と関わったことで、何か不利益を被ってしまったから、そう主張してるだけかもしれませんし。

ただね、誰しも障害者になる可能性はあるんだから、あまり「障害は障害だー!」と叫んでいると、自分が障害者になったときにどういう扱いを受けるのかっつー……。





しばらくは『障害は障害なのか、あるいは個性なのか』という論争、終わらなくても仕方ないでしょうし、むしろ今はきちんと論争した方が良いんじゃないかね。

今、この時代にその論争をしておかないと、「障害は個性」と思える時代が来ないでしょうから。

「障害は個性」と誰も言わなくなったときこそが、本当に「障害が個性」になったときなんじゃなかろうかね。

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